
ギリシャのオリンピアは、4年に祭典オリンピックの発祥の地です。聖火は、古代オリンピア遺跡のヘラ神殿で点火されます。
ここオリンピアは、遺跡を除くと何もないといって良いほど、静かな町です。
由来は、聖なる山オリンポスからきているといいます。
この地は、「聖なる森アルティスの礼拝地」として知られてきました。
その後、ゼウスの父クロノスの神域が現在のクロノスの丘のあたりに建てられましたが、ゼウスが父に代わってオリンポスの山の神となると、ゼウスの聖なる巡礼地として繁栄したのです。
見どころは、オリンポス遺跡です。
見落とせないのは、ヘラ神殿です。
最古といわれるドーリス式の神殿です。
ドーリス式とイオニア式というとき、ドーリス式は、柱がどっしりとして太く筋が少ないのが特徴です。
一方イオニア式は細い柱で、数が多く、柱墓をもつのが特徴です。
ヘラ神殿はゼウスの妃ヘラを祀ります。
ここから発掘されたのが、プラクシテス作「赤子のディオニソスをあやすヘルメス像」です。
この像は、オリンピア博物館に収められています。
使者ヘルメスが、嫉妬に狂ったゼウスの正妻ヘラからディオスを守るために、ニンフ(妖精)たちに届けようと姿を描いたものです。
ギリシャのポロス島は東西10kmに満たない、人口約4000人の島です。アッティカ半島とぺロソネス半島にサロニコス湾に浮かぶ島々、サロニコス諸島のなかでもペロソネス半島に近い島です。
対岸には、ペロソネス半島のガラタの町が見えるほどの近さです。
ピレウス港からは、フェリーで所要時間約2時間半ほどです。
このポロス島は、実際には、島が、橋で結ばれています。
港町は、ゆっくりと旅をしたい人にはもってこいです。
船は、ペロソネス半島とポリス島の間にある狭い海峡を通ってポロス港に入ります。
島の中心は、港町ポリス・タウンです。
港前広場は島繁華街?ハトの像の近くには、お土産屋さんが軒を連ねます。
港から北へ向かって15分ほど歩くと、橋に出ます。
20分ほどいくと、ポセイドン神殿があります。
エギナ島のアフェア神殿のように何らかの遺跡が残っているわけではありません。
ゾードホス・ビギ修道院を訪れるのもいいでしょう。
像が近くのホテルの1つ、セブン・ブラザーズは、1階がレストランになっていて月曜日と金曜日はダンスナイトが催されます。
ポロス島に宿泊する人は、ダンスナイトを楽しむのもいいかもしれません。
ギリシャのサロニコス湾に浮かぶ、東西20km、南北5kmの細長い島、イドラ島は、アテネのあるアッテッィカ半島の港、ミレウス港から南に約70km離れたところにあります。人口は2万8000人で、同じサロニコス湾にポロス島よりも大きく、繁栄しています。
岩石の島といった感じを受けます。
海水の透明度は、ピカ一で、しかも人があまり訪れないような入り江がたくさんあります。
い人向きの島といえるでしょう。
現在でも、イドラ島は英雄的な島として人気が高いのです。
このような歴史と芸術性を誇る大邸宅の見物をしてみるのもいいかもしれませんね。
船が着くイドラ・タウンは、この島の中心です。
大邸宅や家々が丘陵地の斜面に広がっています。
路地は入り組み、急な階段が多いことから歩きつらいかもしれません。
この島では自動車やバイクの乗り入れは一切、禁止です。
銀や銅の細工のアクセサリーや七宝焼きなどは良いお土産にしれません。
港付近は、カフェやタベルナなどで賑わっています。
リッチにホテルのタベルナで食事をとってもいいでしょうが(ただし、冬はホテルは休業のところが多いです)、安くても美味しいタベルナが結構、あります! 路地には手軽にスブラキ(串刺しの料理)を食べることができる店があります。
一枚岩に出ます。
ここが最初の岩場のビーチとなります。
海の色は紺碧です。
インドネシアのバリ島に、「ウブド」と呼ばれる村があります。ガムラン音楽、バリ舞踊、バリ絵画など、村として知られています。村々も含めた一帯が観光ポイントとなっています。
東隣のブリアタン村、南隣のマス村、西隣のサヤン村、そして北隣のクデワタン村です。
ブリアタン村はバリ舞踊で有名です。
ブリアタンの王宮などでは催しも多く行われています。
タガスから南に行くと、今度は木彫りで有名なマス村となります。
チョク・ライ・ブダク通りが村の中心街となり、店が建ち並びます。
ウブド村に近い、北部のブンゴセンカンは、バリ絵画の村として知られます。バリ絵画のスタイルのひとつブンゴセカン・スタイルはこの地区で生まれたのです。
北隣のクデワタン村とはクデワタン通りが南北に通じ、市外が切れ目なく続いています。ホテルが建てられ、ウブド観光を支える一帯となっています。東部には、ギャラリーが並びます。
ネカ美術館は、ネカ氏が所蔵していた絵画を6つの展示館に展示した美術館です。
ウブド一帯から少し北には、テガラランがあります。
棚田で有名な観光の中心地です。田園風景に思わずほっとした気持ちになります。
「プノンペン」というのは「ペン婦人の丘」という意味です。熱心な仏教徒であるペンという豪族の夫人が、洪水のときに流れ着いた四体の仏像を小高い丘「プノン」に安置したという伝説からこの名を冠せられました。王宮の前でメコン川とサップ川が合流し、すぐ下流でメコン川本流とバサック川に分流する地点、チャド・モックに位置します。チャド・モックとは、「4つの面」を意味することばです。現在は、商業都市です。かつてはアンコールの外港として栄え、17世紀には日本人町もあったといいます。
現在のタイであるシャムのアユタヤ朝に15世紀に侵略を受ける前、ジャヤバルマン7世の統治下で、アンコール王朝は最盛期を迎えました。ジャヤバルマン7世は道路網を整備して街道に121箇所の宿泊所を置き、国内の102箇所に病院を建てたといいます。
かつてこれほどの隆盛を極めた王朝は、その後衰退の一途をたどり、19世紀にフランスの博物学者アンリ・ムオーによって、アンコール遺跡群が再発見されるまで、ジャングルのなかで眠っていたのです。